貿易理論

経済学者のケインズという人は、「貿易で滅んだ国はない」という言葉を残しています。確かに、公正な貿易は両国にとって有益なものとなります。一方で、先進国が途上国を支配するといった形の不公正な貿易は途上国だけでなく世界全体としても望ましいものではありません。これまで、貿易はどのように考えられてきたかを、リカードの比較生産費説を中心に解説していきます。

貿易と豊かさ

貿易の考え方には大きく二つの考え方があります。一つは保護貿易です。これは自国産業を守るためには貿易は控えるべきという考え方です。もう一つは自由貿易の考え方です。自由に貿易をしたら社会全体が豊かになるという考え方です。前者の保護貿易として、古くは重商主義という考え方がありました。重商主義とは、外国に対しては自国の商品をたくさん販売して金や銀を得て、逆に外国の商品はできるだけ買わないようにするべきという考え方です。たしかに、この政策を実行すると国内の金や銀は増えますが、外国の物は国内に入ってきません。これは豊かであると言えるでしょうか?

よく考えると、国内の金や銀が増えたところで、そもそも国内に商品がなく、多くの国民が色々なものを買ったり食べたりできなければ豊かであるとは言えないのではないでしょうか。アダム・スミスという経済学者は、その点を指摘し、重商主義政策の批判しました。彼は、国の豊かさとは、様々な商品がたくさんあることだと考えました。この考え方に立てば、自由に外国と貿易できる国づくりをした方がよいことなります。リカードという人は、アダム・スミスの系譜を継ぐ人で、比較生産費説という自由貿易を支持する理論を生み出しました。

リストとリカードの考え方

貿易理論は19世紀になると本格的に確立されていきます。2人の論者がいます。一人目は、ドイツの経済学者リストです。彼は、保護貿易の立場をとります。当時のドイツが後発工業国であることから幼稚産業を守るために保護貿易を行う必要があると考えました。以下のように、保護貿易を行う方法はいくつかあります。

  • ①外国商品に対して関税をかける。
  • ②外国商品の輸入量を制限する。
  • ③外国通貨と自国通貨の交換をしない。(為替制限)
  • ④安全基準などを厳格化して輸入できないようにする。(非関税障壁の設定)

他方で、イギリスのリカードの考え方について解説しておきます。彼はそれぞれの国が自国の得意な産業に特化すれば、全体の生産量が増えて豊かになると考えました。これが比較生産費説です。例を挙げて説明します。

X国とY国がある。X国は2人で1単位の工業製品を生産できる。また、X国は4人で1単位の農産品を生産することができる。他方で、Y国は12人で1単位の工業製品を生産することができる。また、Y国は6人で1単位の農産品を生産することができる。以下の表はこのことを示したものです。この表はしっかりと読み取れるようにしてください。

工業製品の生産農産品の生産
X国2人4人
Y国12人6人
各国の生産性を示したもの

この場合、X国はY国よりも、より少ない人数で工業製品も農産品も生産することができます。このように他国と比べて、生産性が高い場合を絶対優位といいます。X国はY国に対して両方の生産物で絶対優位です。この考え方だけでいくと、貿易なんてしなくても良さそうですが、そうではなく、機会費用に着目して、それぞれ比較優位にある産業に特化するべきだリカードは考えました。

比較優位について説明します。比較優位があるかどうかは、機会費用がより低いかどうかで決めます。機会費用とは、ある選択をしていたとしたら得られたであろう利益のうち最大のものを指します。例えば、先ほどの例のように、A国は2人で1単位の工業製品を作ることができ、4人で1単位の農産品を生産することができる国です。つまり、A国では1単位の工業製品を作るのに必要な2人を「もしも、農産品の生産にあてていれば」0.5単位(2÷4)の農産品を作ることができたはずです。つまり、工業製品を1単位生産するということは、農産品を0.5単位諦めるということなのです。

以下のように機械費用を示すことができます。

工業製品1単位の機会費用
(農産品を何単位諦めるか)
農産品1単位の機会費用
(工業製品を何単位諦めるか)
X国農産品0.5単位(2÷4)工業製品2単位(4÷2)
Y国農産品2単位(12÷6)工業製品0.5個(6÷12)

X国とY国の機会費用を比較して、より機会費用が少ない方が比較優位であると考えます。この場合では、X国は工業製品に比較優位があり、Y国は農産品に比較優位があると考えます。リカードは、お互いが比較優位にある産業に特化すれば全体として生産量が増えると考えました。たとえばX国は6人、Y国は18人いて、両国がそれぞれを1単位ずつ生産している状態つまり合計2単位ずつ生産しているのを元の状態としましょう。ここで、X国は工業製品に特化し、6人全員が工業製品の生産に関われば3単位の工業製品を生産できます。また、Y国は農産品に18人が特化すれば、農産品を3単位生産できます。このようにそれぞれが特化すれば、全体として元の状態よりも多くの工業製品と農産品を生み出すことができます。特化した上で、それぞれが貿易をすればよいとリカードは考えました。

2024年共通テスト本試験の「比較生産費説」の問題

最後に、機会費用まで計算しないと解けない問題が2024年共通テスト本試験で出題されましたので紹介しておきます。

問題 以下はA国が技術革新を行う以前と以後も含めた生産構造の表である。次の表やメモ中の空欄アに入る数値として当てはまるものを全て選べ。(共通テスト2024年)

自動車オレンジ
A国20人5人
B国10人4人
技術革新前
自動車オレンジ
A国 ア 5人
B国10人4人
A国の技術革新後
メモ
A国の技術革新以後にA国における自動車1単位を生産するために必要な労働力の量が ア 人であるとき、A国の技術革新以前と技術革新以後で、自動車生産に比較優位をもつ国が変わる。

 ア に当てはまる数値は次のa~cのうち正しいものを全て選べ。     a 15人 b10人 c 5人

以下、問題の解説です。

技術革新以前にそれぞれ1単位生産のための機会費用(犠牲にしたもの)は以下のようになる。

 自動車の機会費用オレンジの機会費用
A国オレンジ4個(20÷5)自動車0.25台(5÷20)
B国オレンジ2.5個(10÷4)自動車0.4台(4÷10)

以上から技術革新前であれば、機会費用同士を比較し、A国はオレンジ、B国は自動車に比較優位があると考えられる。

技術革新後の場合、機会費用は以下のようになる。

 自動車オレンジ
A国オレンジ(ア÷5)自動車(5÷ア)
B国オレンジ2.5個自動車2.5台

よって、A国が自動車に比較優位をもつためには、(ア÷5)が2.5を下回る必要がある。よって、アは、12.5以下である。結論として、bの10とcの5が適する数値といえる。

比較生産費説の意味

最後に比較生産費説の意味について解説しておきます。比較生産費説は、自由貿易の理論として、お互いが得意分野に特化すれば全体としてうまくいくというものですが、それだけにとどまりません。

これは私たちの日常生活においても言えることです。例えば、多くの人が一つの職業を選択し生産活動に従事します。月曜日はパン屋、火曜日は警備員、水曜日は弁護士といった働き方をする人はほとんどいません。つまり、多くの人が自分の得意な生産活動に特化しているのです。そして、同様に何かの生産に特化している人とお金を介して生産物を交換しているのです。これを経済の世界では、「分業と交換」と言います。この世の中は、分業と交換で成り立っているという視点で世の中を再認識してもらえればと思います。