自衛隊と日本の防衛政策

(1)自衛隊とは

 まず、日本の自衛隊について解説しておこうと思います。外国人から見たら奇異なくらいに、多くの日本人は、自分の国の国防について知らないし議論しないと言われています。たとえば、アメリカのコワルスキー元GHQ総司令官は、日本では「新しい軍隊の将校の資格、人選の基準、昇進の要件および訓練方針などの、きわめて重要な問題は、一度も国会で討議されることもなく、公に論議されたこともない。」と語っています。国防は、国家とって重要事項であるにも関わらず、日本では自衛隊については多くの人が知らず、ほぼ議論されないのです。

 では、自衛隊がどのような組織か簡単に解説します。まず予算規模ですが、日本の防衛予算は約5兆円です。アメリカで約73兆円、中国で約26兆円です。世界では9番目くらいに予算をかけています。大体GNP(GDP)の1%位で推移しています。1976年にGNP比1%枠というもの三木内閣で閣議決定しました。1987年に中曽根内閣で撤廃はされていますが、大体1%が日本の防衛費の相場です。時事的な内容としては、2023年に岸田総理が防衛費を増額する必要があるとして、大体約8兆円とすることを表明しました。これが実現するとGDP1%どころか2%も見えてきます。次に自衛隊の人数の規模ですが約25万人です。特別公務員という扱いとなっています。特別公務員とは内閣総理大臣や裁判官などであり、市役所などに勤める一般の公務員とは扱いが異なります。内訳は陸上自衛隊が約15万人、海上自衛隊が約5万人、航空自衛隊が約5万人です。初任給は高卒18万円、大卒で20万円です。最高幹部になれば月120万円ですがほんの一握りです。

 まず、陸上自衛隊ですが、全国に158か所の拠点を持っています。大阪では和泉市に信太山駐屯地がありますね。なぜ、基地と言わないかというと、もしも有事があった場合などには拠点を移動するからです。現在とりあえず駐屯しているだけなので、駐屯地というのです。トップは陸上幕僚長、その次が陸将です。普通の軍隊では、大将や中将といった言い方をしますが、あくまで軍隊ではないので、そのような呼び方をします。もう少しお話しますと、戦車の種類は、90式戦車、10式戦車などがある。これ、読み方は「キュウマル」、「ヒトマル」となります。1990年から使われるようになったから90式、2010年から使われるようになったから10式です。

 次に海上自衛隊です。海上自衛隊は、海上だけでなく、空や宇宙から飛んでくるミサイルを打ち落とすなどの役割を担っています。5つの基地あります。最大の基地は神奈川県の横須賀基地です。東京に近いだけあって、防衛の要であり、大きな船が置かれています。他方で、係留できる船の数で言うと広島県の呉基地が最大です。旧日本海軍の頃には戦艦大和を作った基地であることでも知られています。トップは海上幕僚長です。ちなみに、レトルトカレーで「よこすか海軍カレー」や「呉海自カレー」はご存じですか?これらは海上自衛隊が作るカレーをモデルとして売り出されているものです。なぜ、海上自衛隊とカレーが関係あるのかというと、海の上で勤務をしていると曜日感覚がなくなってしまう。そのため、海上自衛隊では毎週金曜日にカレーを食べることが習慣となっているのです。お笑い芸人の明石家さんまさんは、この話に感銘を受け、毎週金曜日にはカレーを食べるようにしていたそうです。

 最後に航空自衛隊です。73か所の基地などを持ちます。24時間365日、常に日本の空を監視し、不審な動きがあればすぐにスクランブル発信します。2022年のスクランブル回数は778回、7割が中国関連であったとされています。また、宇宙関係についても、航空自衛隊の管轄であり、2022年に宇宙作戦群という組織も編成されています。宇宙空間にある日本の人工衛星を守ったり、不審な動きをする人工衛星を監視したりします。トップは航空幕僚長です。以上、陸・海・空の3つ隊について説明しました。これら3つの隊には序列はありません。ただし、それぞれの隊が別々の行動とると困ります。そのため、3つの隊を束ねる統合幕僚長という役職があります。これが自衛隊の制服組のトップです。統合幕僚長は、それぞれの隊の幕僚長から順番に選ばれることになっています。

 (2)自衛隊の歴史

 次に、自衛隊の歴史を振り返りましょう。第二次大戦で負けた日本は、GHQの占領のもとで再軍備を禁止されていました。軍隊は解散させられたのです。日本の再軍備のきっかけは1950年の朝鮮戦争でした。日本を占領している米軍が朝鮮半島に向かうため、ガラ空きとなる日本本土を守る部隊が必要だったのです。そのため、当時のマッカーサーGHQ総司令官は、吉田茂内閣総理大臣に、「ナショナル・ポリス・リザーブをもつことを許可する。」と言います。特に日本側が頼んだわけでもないけれども、日本は、警察予備隊をもつことになったのです。初任給は5千円、退職金6万円でした。当時の物価がかけそば15円、牛乳12円、大卒の初任給が4200円なので、好待遇です。募集の7万5千人に対して、応募者は38万人でした。1952年には警察予備隊は保安隊となります。きっかけは、日本が1951年にサンフランシスコ平和条約を結び独立したことです。アメリカとしては、独立するにあたって日本が再軍備することを要求します。日本側としては、保安庁という役所を作って警察予備隊を保安隊とし11万人の規模としました。そして、1954年には陸・海・空がそろって自衛隊と呼ばれるようになりました。

(3)自衛隊の存在自体について

 そもそも自衛隊は軍隊なのでしょうか?皆さん小学校で習っていると思いますが、憲法9条2項には、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」と記されています。つまり、日本は戦力を持ってはいけないことになっている。ここで言う戦力の定義とは、外国から自国を守る組織のことを指します。通説つまり、学説の中でも有力とされている説(東京大学の芦部信喜の説)では、自衛隊は戦力です。ちょっと前に、「シン・ゴジラ」という映画が大ヒットしたのですが、この映画の中で、ゴジラを攻撃するように命じられた自衛官が、「ゴジラは、外国ではないので攻撃できません。」というシーンがありました。自衛隊はやはり外国から日本を守る組織なのです。よって、通説どおりいけば、自衛隊は存在自体が違憲なのです。他方で、政府見解では自衛隊は戦力ではなく、「実力」であるとしています。日本政府は自衛隊は合憲という立場をとっているのです。

 自衛隊の存在については、現在も論争がなされていて、過去にいくつか裁判が行われています。主要なものは一応紹介しようと思います。まず、長沼ナイキ基地訴訟(1969年)です。北海道の長沼町に政府がナイキミサイル基地を建設しようとした。すると、近隣住民が反対し裁判になりました。近隣住民の言い分としては、自衛隊基地建設のために保安林を切り崩すと洪水の恐れがある、そして、そもそも自衛隊は憲法違反ではないのかというものでした。ちなみに、ナイキとは、ニケ(NIKE)というギリシャ神話の勝利の女神で、スポーツメーカーのNIKEとも同じ語源です。

 この裁判は、札幌地方裁判所の福島さんという人が裁判長を担当することになりました。自衛隊が憲法違反であることは通説として知られるところです。通説の通りいけば、違憲判決を出す必要がある。しかし、ある日、福島裁判長の自宅ポストに上司から手紙が届くのです。札幌地方裁判所の平賀所長からのものでした。内容を簡単にいうと、「先輩のアドバイスだよ。国側を勝たせなさい。つまり自衛隊は合憲だよ」というものでした。これが平賀書簡問題というやつです。何が問題かというと、裁判官は自分の良心と法律に基づいて独立して判決を下すことが求められている。たとえ、先輩や上司であっても他の裁判官に意見を言ったり、ましては国側の意向を優先するようにアドバイスすることは許されないと考えられているのです。

 担当裁判官の福島さんはこの書簡をマスコミに暴露します。そして、長沼ナイキ基地訴訟について、国側の敗訴つまり、自衛隊は違憲であると判決を下します。政府見解に反するものです。福島判決と言われ、初めて自衛隊が違憲であると判断しました。国側は慌てて控訴します。第二審の高等裁判所で出された判断は統治行為論でした。統治行為論とは、高度に政治的な問題については、裁判所の判断になじまない。国会で議論してもらうという考え方です。国会、内閣、裁判所が相互に抑制しあう三権分立の矛盾ともいえるでしょう。そして、第三審の最高裁では、憲法判断することなく上告を棄却してこの裁判は終了します。

 この事件では、裁判官の独立を犯したことが問題となり、平賀所長は左遷されます。ただし、福島さんは無傷かというとそんなことはない。国会の中でも特に自民党は、福島さんが平賀書簡を公表したことを問題視します。福島さんは、裁判官としての節度を逸脱しているとして、国会の裁判官訴追委員会から「訴追猶予」の決定を受けることになります。その後は、ずっと家庭裁判所などを転勤し、裁判官人生を終えました。簡単にいうと干されたのです。

 この事件から分かることは、裁判官というのは、実はかなり官僚的な仕事であるということです。2,3年に一回転勤があり、人事権は最高裁判所に握られている。裁判官を続けたければ、最高裁の名簿に10年に一回載せてもらって、内閣に任命されないといけない。裁判官だって、子どもや家族のことを考えたら、自分の故郷や大都市の大阪や東京で働きたい。出世もしたい。そうなると、どうしても最高裁判所の顔色をうかがいながら、そつなく、素早く判決を書くということに意識が向いてしまう傾向にあるのです。もちろん、大半の裁判官は誠実に事件に向き合い判決を下していると思います。しかし、本当に憲法に書かれているような裁判官の独立なんてあるのか?という批判的視点をもつことも大事かと思います。

 その他の裁判として、恵庭事件(1967年)、百里基地訴訟(1977年)、イラク派遣差し止め訴訟(2006年)を知っておいてください。恵庭事件は北海道恵庭町で行った事件です。自衛隊の演習場で酪農を営む兄弟が、自衛隊演習場の通信線を切った事件です。この兄弟は自衛隊の実弾射撃で牛の乳の出が悪くなったことに怒っていたのです。もちろん、他人の敷地内に入って通信線を切るから普通に考えて器物破損で有罪となりそうです。ただし、相手が自衛隊であるから裁判所としても判断がややこしい。この裁判では酪農民の兄弟は無罪となります。自衛隊の存在が合憲か違憲かについても触れなかった。ややこしいから無罪にして終わらそうという意図を感じなくもない判決で「肩透かし判決」とも呼ばれました。

 百里基地訴訟は、茨城県で起こった航空自衛隊基地建設に関する事件です。土地所有者のAさんは、自衛隊基地建設反対派のBさんに土地を売る計画をした。名目上はBさんの土地となったのですが、BさんはAさんにお金を払い込まない。そのため、Aさんは土地を自衛隊基地を建設しようとする国に売ろうとするのです。お金を払ってくれないのだから違うところに売ろうと思うのは当然といえば当然ですよね。Aさんと国はBさんに「お金を払わないのだったら、この土地はあなたのものじゃないよ。」と言うがBさんは言うことを聞いてくれない。それで裁判となります。Bさんの言い分としては、そもそも自衛隊は9条違反なんだから、Aさんと国は契約できないというものでした。この裁判、Aさんと国側の主張が認められます。自衛隊については、長沼ナイキ基地訴訟の第二審と同様に統治行為論で判断が回避されています。

 イラク派遣差し止め訴訟は、2003年にイラク復興支援特措法にもとづいて始まった自衛隊のイラク派遣に関するものでした。イラク復興特別措置法や憲法9条では、自衛隊は戦闘地域に行って戦闘を行うことはできません。イラク派遣は、この規定に違反していること、また、憲法前文には「平和的生存権」というものが記されており、それが侵害されたとして愛知県の住民が裁判を起こしたのです。高等裁判所は、自衛隊員とは直接関係ない愛知県の住民が訴えることはおかしいとして原告不適格を理由に訴えを棄却します。ただし、このあとの方が重要です。この裁判で、①イラク派遣は憲法違反であること、②平和的生存権は具体的権利であり、侵害をされた場合には裁判所に救済を申し出ることができることが認められました。住民側は上告せずに裁判は終了となりました。

(4)日本の防衛政策

 これまで自衛隊について解説してきましたが、そもそも日本にとっての安全保障上の脅威とは何でしょうか?やはり、近隣諸国の領土争いが頭に浮かぶかと思います。具体的には韓国との竹島の問題、中国との尖閣諸島の問題、そして北方領土の問題ではないかと思います。北朝鮮が核武装をしていることや、ミサイルを日本側に何発も打っていること問題かと思います。

 では、日本の防衛方針とはどのようなものかを確認しておきたいと思います。第一にシビリアンコントロール、日本語では文民統制の原則があります。自衛隊の最高意思決定権は内閣総理大臣がもち、内閣総理大臣やその他の大臣は文民でなければならないという原則です。ただし、自衛官は防衛について何ら関与しないわけではないです。2013年には国家安全保障会議というものができて、大臣だけでなく、自衛隊の幹部なども防衛政策について審議したりします。

 第二に、非核三原則(1968年)です。これは閣議決定されたものであり、法律や憲法ほどに法的拘束力はありません。ただし、だからといって日本が核兵器を簡単に保持できるかというとそんなことはない。日本は核拡散防止条約(NPT)に入ってまして、核兵器をもつことは国際法違反です。

 第三に、武器輸出三原則(1967年)というものが発表されています。この原則の下では、実質的にあらゆる国に対して武器を輸出できませんでした。しかし、2014年に安倍内閣の下で防衛装備移転三原則というものが出されました。これは、防衛装備の移転を原則認めるものです。国際的な潮流として、防衛産業は一国だけで武器開発をするよりも複数の国が共同開発することが多くなってきました。そのため、日本としても自国の防衛産業を育成するという視点でもこのような措置に踏み切ったとされています。

 第四に、有事関連法(2003年、2004年)というものが出されています。有事とは日本が武力攻撃された場合のことを指します。関連法というだけにたくさんあります。そのうち、2つは知っておいてください。一つは武力攻撃事態法です。これは日本が武力攻撃された場合や予測される場合には、内閣に対策本部を設置することや対処基本方針を国会で承認するべきことなどが明記されています。もう一つは、国民保護法です。こちらは国民を保護するための国の責任や国民の協力について定めたものです。以上のように、憲法の記述と国防政策の実態には大きな乖離が出ていることは押さえておいてください。